
「あっぷる通心」のアイキャッチキャラクター
あのMrs.GREEN APPLEが「グリーンアップルの産地を盛り上げたい」と日本を代表する二つのりんご産地・青森県と長野県と公式にコラボすることになり、「グリーンアップル大使」に就任したそうです。ちなみにキーボードの藤澤さんは長野県出身。
青森県にりんごの苗木が来てから、今年でちょうど150周年。そしてMrs.GREEN APPLEは結成10周年だそうです。
元々りんご作りではライバル同士とも言える両県ではありますが、「グリーンアップルの産地を盛り上げたい」とのミセス側からの申し出に、三者がコラボしたそうです。
全りんご生産量の1割に過ぎない「青りんご」の消費拡大やイメージアップを図るのに、このたびはすごい援軍を得たものだ思います。
ボーカルの大森さんは、実はりんごアレルギーというオチもつきましたが、この周年記念の収穫の秋に、グリーンアップル大使として「青りんご」の魅力とおいしさを全国に発信してくれそうです。
https://mrsgreenapple.com
このことをニュースで知った時、そういえば遠い昔、私も青森と長野を「りんご」でつなぐ仕事に少しだけ関わらせてもらったなぁと思い出しました。
そしてその時に作った人形の写真をブログにあげてみようかなと思いました…って、完全にミセスに便乗しているわけですが。てへ。
「アップルレター」のこと
今は昔、青森県の東奥日報社と長野県の信濃毎日新聞社で「あっぷる通心」という共同企画が開催されたことがありました。もう30年以上の前のことです。
りんごの二大産地として有名な「青森」と「長野」の地方新聞社がコラボして、両県の交流をはかるため、りんごにまつわる思い出やエピソード、りんごに関する質問や疑問を読者に募集しました。
当時は、今のようにSNSはありませんでした。だから「アップルレター」という名の、リアルな「手紙」や「はがき」での応募を、両県の読者に呼び掛けたのです。古き良き時代の話です。
企画の告知と募集の掲載日は、1993年(平成5年)の3月31日。32年前!です。
集まったはがきや手紙は289通。
一か月後の4月30日に、寄せられたメッセージや、質問に対する回答などが見開きで掲載されました。
お便りが採用された方には「テレホンカード」の記念品が進呈されています。
なんとものんびりしていた、いい時代です。
この写真について
東奥日報社の広告局から依頼を受けた私の会社。
この写真のりんごは、その「あっぷる通心」のアイキャッチとして作りました。特に名前はつけなかったので仮に「りんご君」とします。
新聞広告用に作ったので、残念ながら白黒写真しか残っていないのですが、偶然、このりんご君は「グリーンアップル」に作っていました。
冒頭の写真の他に「りんご君」をポストマンに見立て、赤いスクーターに乗せたバージョンも撮ったので、りんごまで赤くすると新聞に掲載した時に彩度に差がつかないのでは?と思い、あえて青りんごにしたのです。

赤いスクーターに乗った青りんご君
当時、写植を担当していた会社の上司に写真を撮ってもらい、現像・引き伸ばしまでやっていただきました。会社には小さいながらも、現像液の酸っぱいにおいが立ちこめる暗室もありました。今から考えるとガチのアナログ時代です。
まだデジカメもない時代でしたし、私自身も携帯電話はおろかPHSすら使っていませんでした。会社がMac導入前でしたので、版下作りはまだ完全に手作業の時代。
今の世だったらスマホでカラー写真もサクッと撮って残しておいたのになぁ。
とは言え、会社の上司に撮影していただいた写真とは別に、自分が持っていたコンパクトカメラで試しに写した写真も残っていました。でもそれも白黒でした。あの当時、モノクロ写真を撮ることにハマっていたんです、私。もう、何やってんの!笑。

実家で採れた本物のりんごと写してみた「りんご君」
人形の仕様と作り方など
りんご君の本体部分は直径10㎝位の球形の発泡スチロールです。手芸店で買いました。
①その頂点を本物のりんごさながらにへこむように、いい感じに丸くそぎ取ります。
➁何とな~く本物のりんごに近づくように気長に紙やすりでこそげて形づくりました。
③できた発泡スチロールのりんごにジェッソで地塗りをし、アクリル絵の具で黄みどり色に彩色。りんごのヘタは本物のりんごから取って差し込みました。
④顔のパーツは色画用紙で作り、のり付け。
⑤手脚は、径が太くて柔軟性のあるアルミのワイヤーを使っています。
手の指は同じアルミのワイヤーを使い、短く切ってテープで組み合わせて固定してからジェッソにドボンと浸した記憶があります。
⑥靴は石粉粘土で作り、ジェッソを塗ってからアクリル絵の具で薄ピンクに彩色しました。
⑦座っている切り株の切り口には黄土色を塗り、茶色で年輪を描きました。
⑧発泡スチロールの切り株から伸びている新芽は、実家のりんごの木からもいできた、本当の枝と葉を使いました。
りんご君が持っているはがきの郵便番号の枠が5桁なのが「時代」を感じさせます。
郵便番号が7桁になったのは1998年(平成10年)2月2日からのようです。
その頃の私は
私は「アップルレター」の前年の、1992年(平成4年)の秋から、その会社の制作部に中途採用されました。デザインに関しても素人同然でしたけど、面接を経て何故か採用されました。
先輩デザイナーから版下の作り方を教わり、主に新聞広告を制作する仕事をしていました。新聞の広告はほぼモノクロの世界。だから写真もモノクロで撮っていたのです。
私の仕事は、夕刊に掲載される5段4分の1サイズや2段4分の1サイズの小さい枠の広告が主でした。でも元々が飽きっぽい私には、毎日違う業種の新聞広告を考えることが出来るこの仕事がとても楽しかったのです。
広告のラフを鉛筆で描き、写植の書体やサイズを指定すること。時には筆を使って文字を書いたり、線を描いたりすること。
自分の趣味や、それまでやってきた好きなことがこの仕事には活かされました。
そして自分が作った仕事が印刷され、新聞に掲載されることがなにより面白い経験でした。
仕事によっては、徐々にアイキャッチ用の立体作品やペーパークラフト、切り絵なども作らせてもらいました。
まだ時代に余裕があったので、自社にイラストレーターもどきを抱えるような、採算度外視の非効率なことができたのだと思います。
いわゆる「失われた30年」の初期の頃でしたから。
他のスタッフの協力があって、版下作業の合間だけでなく、何日も立体作品をだけを作っていることもありました。それがどれだけラッキーなことだったか、その頃はあんまり深くは考えていませんでした。
作った物についても、きちんと日付と共にファイルしたり、記録などを取っておけばよかったのに…、と今の自分なら思います。
さて、この「りんご君」はいまいずこ。
実は実家から過去作品をまとめて秋田の現在の家に連れて来た時に、これは写真が残っているからもういいかな?と廃棄してしまいました。チ~ン。合掌。