
クリスマスを迎える頃に思い出す、子供時代のエピソードを書いてみました。
- 幼なじみのあっちゃんのこと
- あっちゃんのお部屋にあった物
- 【こども音楽館】のこと
- 親になった自分がいま思うこと
- 伊坂芳太良の『ヘンゼルとグレーテル』
- ついに念願の本を入手!
- その後のA先生について
- 私とサンタ、その後
幼なじみのあっちゃんのこと
私の実家の近くに、中学校教師のご夫婦が住んでいました。お父さんは美術の先生、お母さんは英語の先生でした。
そのA先生夫妻には、私より2歳上のあかねちゃん(仮名)という一人娘がいました。ここから先は、彼女のことを「あっちゃん」と呼びます。
あっちゃんは、ジミー・ページ似のイケメンのお父さんにそっくりな美少女で、背が高く、賢い子でした。後に「薬剤師」になったくらい勉強もできる、完璧な女の子でした。
実家の母から聞いた話によると、あっちゃんは私の就学前から私に本を読み聞かせたり、折り紙を折ったりして遊んでいてくれていたのだそうです。残念ながら、その記憶は私には全くありませんが。
朝一番に私の両親が「ヤスコがいない!」と気づいて、もしかして…とA先生宅に行ってみると、既に遊びに行っていた、ということもあったそうです。放し飼いの犬みたいですが…。
今、私の近所に、子供のそんな友達が住んでいたとして、朝から来られたらソッコーで帰ってもらうと思います。笑。
私の中で、あっちゃんとの記憶がハッキリと始まったように感じるのは、私が小学校に入学してからだと思います。あっちゃんと登校班が同じになって、小学校に一緒に通うようになってからです。それは、今は昔の1971年、昭和46年のことです。古っ!笑。
あっちゃんのお部屋にあった物
当時、あっちゃんの部屋のスチール製の本棚には、子供向けの「世界の名作」の絵本がシリーズで20冊くらい、ずらりと並んでいました。
そして白い洋服タンスの上にはフランス人形と「リカちゃんハウス」が置かれていました。あっちゃんは「リカちゃん」ばかりではなく、たしか「いづみちゃん」も持っていました。笑。

【こども音楽館】のこと
そして気が付けば、ある時期から、スチール製の本棚には【こども音楽館】というレコードと絵本のセット全12巻と、赤と白のプラスチック製のレコードプレーヤーがのっているようになりました。
【こども音楽館】は1968年から1969年にかけて学研から刊行された、クラシックの名曲のレコードと、その曲にちなんだ物語の絵本がセットになった立派なものでした。
私はその絵本を見せてもらいながら、黒い「レコード」というモノがくるくる回転して、音楽を鳴らすのを初めて見ました。
ビンボーなりんご農家の子供だった私にとっては、「文明と文化」に初めて触れるような、輝くような体験でした。
「お父さんに買ってもらったの?」と聞いたら、あっちゃんはこう答えました。
サンタさんにもらったの。ヤスコちゃんもいい子にしてたらもらえるよ と。
「サンタさんにもらったの!?」とビックリして、うらやましく思いました。
でも、我が家には「サンタさん」は来ないだろうことを、私は何となく知っていました。家に帰ってから、母にその話を教えましたが、どんな返事が返ってきたかはもちろん覚えていません。笑。
でも2歳年上の頭のいいあっちゃんが、小学3~4年生の頃に「サンタにもらった」と答えたこと、そしてあっちゃんが本気でサンタクロースの存在を信じていたことが、その後、何年も記憶に残りました。サンタが何者であるかをわかってからも、ずっと。
親になった自分がいま思うこと
A先生夫妻はあの昭和40年代の中ごろに、「サンタクロース」のことを子供に信じさせるように、上手に子育てしたのだと思います。あっちゃんにはサンタがいるかどうかなんて、疑う気持ちなど微塵もなかったようでした。
一方、我が家では「クリスマス」とは、親に「サンタのブーツのお菓子」の様な、ささやかな物をおねだりできる時期、という認識でした。サンタさんから直接もらうのではなく「だってクリスマスだから」と、親から買ってもらうシステムでした。
そして昔、私がまだ保育園児だった時のクリスマス会には、最後に「サンタさん」が登場しました。私は「あの帽子からはみ出てる髪型に見覚えがあるぞ…あっ、給食係の阿保さん(←実名)だな?新しい長靴をはいている…」などと思っていました。
子供のくせに、現実的すぎて、なんだか悲しいぞ。笑。
伊坂芳太良の『ヘンゼルとグレーテル』
あっちゃんの持っていた【こども音楽館】の絵本の中では『ヘンゼルとグレーテル』が一番好きでした。挿絵は「伊坂芳太良」という、当時大人気ながら早逝したイラストレーターの絵でした。
描線は細く、髪の毛やまつげの表現が独特で、当時の60年代のテイストが感じられる繊細なイラストでしたが、なんとも言えない不気味で不穏な作風に見えました。
元はグリム童話なのですが、ストーリー自体も残酷で、絵も「不穏」ですから、何か見てはいけない本のように感じました。
深夜、口減らしのために、森の奥に子供を捨てる算段をしている継母と父親の話を、ドアの向こうでヘンゼルが聞いてしまう描写など、乾いていて本当に怖い絵でした。
幼かった私には、不気味な絵とストーリーがトラウマ級にインパクトを与えました。
それでも、何故だかその本にとても惹かれました。
ついに念願の本を入手!
私が結婚した前の年の2001年に、新宿高島屋で「幻の絵師 ペロ展」という伊坂芳太良の回顧展がありました。(伊坂さんは「Pero」という通称も使っていました。)
その展覧会で、【こども音楽館】の絵本と原画が並べて展示されていた記憶があります。
結婚後、ふと【こども音楽館】のことを思い出し、ネットで検索してみたら、ヤフオクに出品されていました。全巻揃いで1万円程で落札できました。
30年程の時を経て、改めて大好きだった伊坂芳太良の『ヘンゼルとグレーテル』を手にしました。高島屋で見た時以来の再会でした。
大好きだったあの本が、とうとう自分の物になったのです!
あっちゃんの部屋で見たこの絵本に対する自分の執着が、そこまでだったとは思いもしませんでした。
いま検索するとメルカリ等にも出品されています。とても探しやすくなりました。
その後のA先生について
今年、A先生夫妻のうち、お母さんがお亡くなりになったようです。
葬儀が終わってから、私の母が人づてに聞いたそうです。残されたお父さんがどうしているのかは、わかりません。元の家には誰も住んでいないようです。悲しいです。
亡くなる前は老人施設に入所されていたようですが、詳細はわかりません。親同士のお付き合いも疎遠になってしまったので。
放し飼いの犬のように、ガンガン遊びに来る近所の子供「ヤスコ」の来訪を、嫌な顔ひとつせず迎えてくれたA先生夫妻。家族の一員であるかのように、幼い頃の私をあっちゃんと一緒に遊ばせてくれて、快く受け入れてくれたことに、今更ながらに感謝の念がわきます。
一人娘のあっちゃんはずっと首都圏に住んでいます。私とは学力の差が大き過ぎて、高校進学の時点で完全に進路が別れて以来、次第に接点も少なくなり疎遠となりました。
彼女が薬剤師となり、大学時代の同級生と結婚した最初の年に帰省した折、せっかくだからと彼女のお母さんからお呼びがかかり、お相手ともご対面。三人でスナップ写真に収まりました。
綺麗で立派に見えるあっちゃんに対して、私は気後れしてしまい、完全に「半見知り状態」になってしまいました。そして三人でスナップ写真を撮った時が、最後になりました。
あっちゃんは都会から三人の息子さんを連れて、夏休みごとに長期で実家に滞在したものでしたが、その時もやはり何となく気後れしてしまい、会いに行けませんでした。別に、いつもの「犬キャラ」で会いに行けばよかったのに、と今なら思いますが…。
ま、ご縁がなかったのでしょうね、残念ですけれど。
私とサンタ、その後
子供の頃の私の家にはサンタさんは来ませんでしたが、私の子供たちの所には毎年サンタさんは来てくれました。そして親としても、サンタさんの「来訪の痕跡」に驚く演技をして、喜ぶ子供たちの笑顔を楽しませてもらいました。
サンタさんの存在を子供に信じさせることが、親としての醍醐味だったと思います。