何らかのオタク

何らかのオタクだけど、何のオタクなのかは未確定。

仮面ライダーの記憶/その➁ in あいのり温泉

かつて、青森県の碇ヶ関村(現平川市)にあった「あいのり温泉」。ある年代以上の青森県人にとっては懐かしいコマーシャルソングも、今の時代ならネットで探せば聞けます。今回は幼い頃、そこで仮面ライダーに会えたお話です。

ナショナルお客様感謝祭

家電メーカーPanasonic(パナソニック株式会社)は、昔は「ナショナル」(旧松下電器産業)という名前でした。

私が幼い頃は、いわゆる「家電量販店」という販売方式はまだ無く、「町の電気屋さん」として各メーカーごとに専門の小売店がある感じでした。

我が家では、父が「ナショナル」製品を絶大に信奉?していて、家電を買うとなるといつも同じ「ナショナル」取り扱いの電気店で購入していました。

♪ あっかる~い ナッショナ~ル  あっかる~いナッショナ~ル

   み~んな~ うっちじゅう~  な~んでもっ ナッショ~ナ~ル~

どこのメーカーを「推す」かは各々の家庭によって違えども、当時は家電を「町の電気屋さん」で買うのが一般的でした。

前回の(笑)、東京オリンピック開催の1964年(昭和39年)に、私の父と母は結婚しました。そして結婚して3年程経った時にようやくナショナルの「電気炊飯器」を買ったそうです。

このブログを書くに当たって、当時のことを母に尋ねたら「鍋でご飯を炊くより、楽で楽で…」と言ってました。その炊飯器は結局、2003年頃(!)まで使っていたそうです。35年もったのか、もたせたのか…。ま、いい加減早く買い替えなさいよ!って話ですけども。

さて、これから書くのは1972年か73年のことです。恒例の「今は昔」のお話です。

当時、毎年同じ時期になると、いつもの電気店さんから「ナショナルお客様感謝祭」(←名称は不確かです)という、顧客向けのイベントの招待状をいただきました。

あいのり温泉のこと

♪ いっちど~ おいっでよ~、あ~いの~りお~んせん~っ (チャンチャン)

その時の「ナショナルお客様感謝祭」は、上記の歌い文句で青森県ではおなじみだった、青森県南津軽郡の碇ヶ関村にあった「あいのり温泉」で開催されました。

ネットで「相乗温泉」を検索してみましたら、1955年に開業し、1971年に6階建ての本館が建設されたのだそうです。おぼろげな記憶をたどれば、確かに当時は新しくて立派な建物でした。

そしてその時の「ナショナルお客様感謝祭」の「目玉」は、当時テレビで大人気だった仮面ライダー1号のショーでした。

当時の資料をネットで探し出して、フリーハンドで再現してみました。左の太陽みたいなところに書いてある文字がうやむやなのは、資料自体が鮮明でなく推測だからです。笑。

あいのりロゴ画像

▲あいのり温泉1988年頃のロゴマークの模写

私が仮面ライダーショーを見た当時は、赤い所に書いてある太陽みたいなマークだけだった、と思います。

この、カモノハシ?の親子がキャラクターとして追加されたのは、温水プールにウォータースライダーが導入されて1988年にリニューアルをはかってからのマークだと思います。「あいのり温泉」は一時期、テレビCMもガンガン流れて、人気のレジャー施設だった印象があります。私は「感謝祭」以来行ったことがなかったですけれども。笑。

仮面ライダーにサインをもらう!

「ナショナルお客様感謝祭」は新商品の展示会の側面もあったような気がしますが、私が記憶しているのは、母と見た「仮面ライダーとショッカー」のショーだけです。

客席のテーブル前にわずかに据えられたステージの袖から、仮面ライダーの主題歌に合わせて仮面ライダーが出て来ました。録音されたセリフが流れ、一緒に出てきたショッカー2~3人?とお約束みたいな立ち回りをして、仮面ライダーが勝って終わりました。地球の平和は守られました。笑。

このイベントはよくあるタイプの、身も蓋もない言い方ですが、文字通り「子供だまし」みたいなショーだったかもしれません。でも、集まっていた子供たちは「ブラウン管」の中のヒーローが自分の目の前で活躍していることに興奮していました。

ショーが終わってから、仮面ライダーからサインをもらえることが発表され、子供たちは大歓声を上げました。たくさんの子供たちの並ぶ列に私もドキドキして並びました。

主催者側で用意した白いプラスチックの下じきには、原作者の石森章太郎先生の、劇画タッチで躍動的な仮面ライダーのイラストが印刷されていました。

そして、その下じきの空欄に、今しがたステージで戦っていた仮面ライダーがパイプ椅子に座り、黒い油性ペンを使って、スピーディーな文字で「仮面ライダー」と書いていました。自分の番になった時、私は左後方からサインしている仮面ライダーをじっくり観察していました。

ライダースーツの素材が結構ぶ厚い革素材であること、仮面というよりは頭部はヘルメットでプラスチック素材?であることをじっくり確認していました。スーツの後ろにはファスナーがあったかもしれません。

そして仮面ライダーのヘルメットの後頭部の下側から黒くて縮れたおくれ毛が見えることにショックを受けました。中に人が入っているのだな~と思い、少し「現実」に戻りました。ちょっとした秘密を見つけたような、愉快な気持ちもあったと思います。

仮面ライダー後頭部画像

▲私が仮面ライダーを見た角度のイメージ

後年ラジオで、三宅裕司さんが仮面ライダーショーのショッカーのバイトをした話などを聞いた時に、「あいのり温泉」でのことが浮かんだりしました。

中の人、厚い革のスーツの中は汗だくで呼吸も荒い中、懸命に練習したであろうサインを書く作業を延々と続けて、大変なバイトだったと思います。お疲れ様でした。

下じきのその後

仮面ライダーから書いてもらったサイン入りの下じきは、上の方が飾り棚っぽくなっていた食器棚の上の方に長らくしまっていました。

でも、1991年(平成3年)の台風19号 (いわゆる「りんご台風」)をきっかけに、次の年の春に親が借金返済のため住んでいた地所を売却し、家を取り壊わすことになりました。不用品を処分していた時にこの下じきを見て、急にアホらしくなって捨ててしまいました。

ああ、取っておけばよかったな、せっかくの下じき!

後悔先に立たず。自分がこのネタでブログを書くことになるなんて、想像できなかったもので…。笑。

多分1972年頃かな?と思う理由

ちなみに、1972年は5月に沖縄の本土復帰が決まったり、9月に日本と中国の国交正常化の共同声明が出たりしました。当時小学2年生だった私には、それらが日本にとってどれほど重大なことか、よく分かりませんでした。

なぜかその二つの出来事の当日に、通っていた小学校で授業は二時間だけで終わらせて、全校生徒が早退できました。お祝いのためにだったのでしょうか?突然、みんなで早く帰れたことがとても嬉しかったのを覚えています。

それが、弘前市内の小学校全部のことだったのか、私の母校だけのことだったのか、今では知る由もありません。何だか不思議に感じます。

1年に2回、ラッキーにも学校が早く終わった嬉しい記憶と、間近で見た仮面ライダーの衝撃の後ろ髪の記憶が同じ時期だったような印象が残っているので、「あいのり温泉」での仮面ライダーショーは1972年か、もしくは次の年の1973年の出来事だった気がするのでした。ま、どっちでもいっか。笑。