
これは昔、弘前市にあった「かくは宮川デパート」で使われていた包装紙です。
「かくは」と言えば、ある年代以上の人には懐かしい思い出の詰まったデパートかと思います。
この包装紙は、実家の母が昔使っていた、昭和の古い編み物の本から出て来ました。しおり替わりに使っていたと思われます。
何かメルカリで売れそうな珍しい本はないかしらと探していた時に見つけ「わっ、懐かしい!」と思って、もらって来ました。
断捨離ブームの昨今、物を捨てられない母と娘(←私)が「奇跡」を見つけました。笑。
包装紙から得られた情報

包装紙には当時の日付のスタンプが押してあって、48.12.15となっています。昭和48年12月15日です。今から52年前、私が小学校3年生の冬です。古ッ!
それにしても何で日付のスタンプが押されていたのか。この引合って何?謎です。
他にセロハンテープの糊の跡が茶色く残っています。
包装紙の折り目が18㎝×10㎝×1㎝位なので、箱に入ったハンカチなんかをもらった時の包装紙だった感じでしょうか。
津軽にとっての「かくは」

「かくは宮川デパート」の創業は1923年(大正12年)だそうです。
創業当時は「宮川呉服店」として開店され、後に正式にデパートとして営業された「かくは宮川デパート」は、言うなれば弘前の「三越百貨店」と言ってもいい位に格式も高く、客を集め、地域の人々に愛されていました。
ちなみに私を含め津軽では、中の「く」を濁って「かグは」と発音していましたけど。津軽や東北ではありがちな濁音化ですね。
「かくは」については、他にも書きたいことがありますので、いつか改めて。今回は包装紙のことを。
「かくは」の包装紙についての考察
「三越百貨店」のサイトによると、あの有名な包装紙「華ひらく」は猪熊弦一郎氏という洋画家の方がデザインされて、筆記体のmitsukoshiの文字を書いたのは、当時三越百貨店の宣伝部で働いていた、あの「やなせたかし」さんなのだそうです。
朝ドラ「あんぱん」の中で、【三星百貨店】の新しい包装紙について、その実話に基づいたエピソードがありました。
洋画家の猪俣先生のデザインに、北村匠海さんが演じる嵩が、筆記体でmitsuboshiと書くシーンです。
それを踏まえて、いまどきするか?って考察ですが…。

「かくは」の包装紙が赤一色なのも、筆記体でKakuha Miyakawaと書かれているのも、「三越」のイメージにあやかりつつ、「三越」に対するオマージュがあふれ出たデザインだったかと思います。ま、パクリっぽいと言えないこともないですけども…。
デザインのモチーフ
「三越百貨店」の包装紙は、洋画家の猪熊氏が海岸で拾った二つの石のフォルムから着想を得たと言います。
一方、「かくは」は弘前を象徴する「りんご」「桜の花びら」と「雪の結晶」をあしらっています。
りんごや花びらの外側に向けてグラデーションをかけて、ほんわかと柔らかい感じにしたかったのだろうと思います。
城下町・弘前にある、創建当時は「東北初の鉄筋コンクリート建築」だった百貨店。
包装紙も、日本を代表する老舗の百貨店に負けじとデザインされたのだろうなぁと想像します。このデザインがやがて古くさく感じられた時代があったかもしれませんが、いまなら一周回って「昭和レトロ」っぽくて、可愛い包装紙だな~と思います。
当時、このハイカラな包装紙に心を躍らせたであろう津軽の人々が偲ばれます。
ヤフオクで発見!
ちなみにネットで「かくは宮川 包装紙」と検索してみたら、ヤフオクで包装紙の全形?が出て来ました。私が持っている物より古い時代のデザインかな?と思いますが、120円!で落札されていました。売る人も、買う人もいるなんて驚きました。
そして昭和レトロな包装紙の需要が他にも沢山あるということを、検索きっかけで初めて知りました。紙ものコレクターの世界も深そうです。
この世は知らないことばかりです。